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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2874号 判決 1978年7月18日

控訴人 杉山富男

右訴訟代理人弁護士 富田和雄

被控訴人 奥村運送株式会社

右代表者代表取締役 奥村守衛

右訴訟代理人弁護士 大蔵敏彦

同 森下文雄

主文

控訴人の当審における新請求を棄却する。

控訴及び上告費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、当審における新請求として、「被控訴人は控訴人に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和四九年七月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

二  右請求に関する当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決が、原審における請求につき事実摘示するところと同一であるから、これをここに引用する。

(一)  控訴人の主張

(1)  被控訴人は、訴外片山進一が昭和四九年二月中旬頃、本件手形を振り出し、同年三月二五日に弁済する約束で訴外市川義郎から金五〇〇万円を借用するに際し、片山の依頼を受け、保証の趣旨で本件手形に裏書し、これを片山から市川に交付させているのであるから、片山を代理人として市川との間で、民法上の債務の保証契約をも締結しているものである。

(2)  仮に被控訴人にその意思がなく、片山がその権限を超え、被控訴人の代理人として市川との間で民法上の債務の保証契約を締結したのだとしても、被控訴人において片山が市川から金五〇〇万円を借り入れることを知りながら本件手形に裏書して片山に手渡していることは、少くとも手形保証のための代理権を与えたものにほかならないから、民法一一〇条により、被控訴人は片山の所為につきその責を免れない。

(3)  控訴人は市川に金五〇〇万円を支払い、同人から、本件手形上の権利のほか、右民法上の保証債権を譲り受けたので、被控訴人に対し、右保証債務金五〇〇万円とこれに対する弁済期後である昭和四九年七月二八日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  被控訴人の主張

控訴人の前記主張事実はすべて否認する。

(三)  証拠関係《省略》

理由

訴外片山進一が本件手形を振り出したこと及び被控訴人が右手形の第一裏書人欄に署名押捺したことについては、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》を総合すると、片山進一は昭和四八年頃から、訴外市川義郎に依頼し、同人から屡々融資を受けていたが、昭和四九年二月中旬さらに金五〇〇万円の融資方を申し入れたところ、市川は、今までと違い融資額が大きいため、片山に対し、同人が振り出して市川に差し入れる約束手形に誰か確実な保証人の裏書をもらって来るよう伝えたこと、そこで片山はその頃被控訴人代表者奥村守衛に対し、手形によって融資を受けるため信用のある者の裏書を求められている旨を話して、本件手形に対する被控訴人の裏書を依頼したところ、右奥村はこれを承諾し、何処から融資を受けるかは聞かないまま、片山の振出にかかる受取人欄白地の本件手形の第一裏書人欄に署名捺印したこと、市川は片山から本件手形を受領するのと引換えに、片山に対し金五〇〇万円を貸与したこと、その後、右手形の満期前に、片山が事業に失敗して一時所在をくらますという事態が生ずるに及び、右奥村は本件手形に被控訴人の裏書がある以上、片山が手形の決済をつけないときは被控訴人に手形金支払の責任が生ずるものと考え、同年三月八日頃、本件手形の差入先が市川であることを探知し、同人から右手形を預り、片山の父親のもとに赴き本件手形金の支払を請求したが成功せず、一旦これを市川に返還したが、さらに同年六月末頃、本件手形を市川から裏書譲渡を受けて所持人となっていた控訴人から右手形を預り、再び片山の父親のところや大阪にいる片山の妻のところに赴き、本件手形金の支払を請求したが目的を達しなかったことを認めることができる。

右事実によると、被控訴人の裏書は、片山の市川に対する手形債務を保証する趣旨でなされたいわゆる隠れたる手形保証であることが認められる。ところで、右のように振出人の債務を保証する趣旨で約束手形に裏書をした裏書人が、手形上の債務を負担するほか、消費貸借等、手形振出の原因関係上の債務についても民法上の保証人としての責任を負うか否かは、具体的場合における当事者の意思解釈によって定まるが、本件上告審判決の判示するとおり、他人の債務を保証するにあたっては、何人もその保証によって生ずる自己の責任をなるべく狭い範囲にとどめようとするのが通常の意思であると考えられることにかんがみれば、特段の事情のない限り、裏書人において振出人が融資を受けるために当該手形を利用することを知りながら裏書をした場合であっても、そのことから直ちに、裏書人に、手形裏書人として手形上の債務を負担するほかに、手形振出の原因となった消費貸借上の債務までをも保証する意思があり、かつ、その際、右手形の振出人に対して貸主との間でその旨の保証契約を締結する代理権を与える意思があったものと推認することはできないものといわなければならない。

そして、本件手形の振出、裏書当時の事情及びその後の経過として証拠上認められる事実は叙上判示の域を出ず、右奥村と市川との間で裏書当時に直接交渉のあったことを認めうべき証拠はない(《証拠判断省略》)し、右奥村が片山に対し右手形による消費貸借上の債務についての保証契約を締結する代理権を授与し、また、片山が市川に対し、被控訴人の裏書を得た本件手形を手交するにあたり、手形上の債務のほか、消費貸借上の債務についても被控訴人を代理して保証契約をなす旨を表示したものとなすべき格別の事情を認めるに足りる証拠も存しないので、本件においては、結局、本件手形振出の原因となった片山と市川との間の消費貸借上の債務についての保証契約締結の事実は、これを認めえないものといわざるをえない。控訴人の主張する表見代理の成立も、右のとおり片山の代理人としての表示行為自体が証拠上認められない以上、これを肯認するに由ないことはいうまでもない。

したがって、本件手形振出の原因となった消費貸借上の債務につき被控訴人を保証人とする保証契約が成立したことを前提とする控訴人の当審における新請求は、その余の点につき判断するまでもなく、その理由なきものとして棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法九六条後段・九五条・八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 横山長 三井哲夫)

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